子どもが砂を食べても、笑っていられるお母さんに私はなりたい。
「ねえ、砂場で子どもが砂を食べていても、止めないで笑ってられる?」
え、どういうこと、と私は友人の顔を見返した。
冗談なのかな、と思ったが、彼女は至って真面目だった。子どもをあやしながらじっとこっちを見て、私の返事を待っている。
うーん、砂場か。そして砂か。外のものだし、砂はなかなか洗濯するにも強敵だし、家も洗濯機も砂だらけになるのは嫌だなぁ。というより、衛生上どうなんだろう、それ。でも、子どもの知的好奇心を満たすためってなると許容範囲なのだろうか……いや、けど。
そんな風に、一瞬の間に肯定と否定の意見が頭の中を駆け巡る。
「うーん……さすがに、ちょっと止めるかもね、遊んでるのはいいことなんだけど」
やんわりと「中間」の答えになるように言葉を用意する。話の先がどちらに出るかわからない場合、私はそうしている。ママ友の意見を否定したくないからだった。
「やっぱりそうだよね、私もそう。砂は食べ物じゃないよ、って止めると思う。
でもね……」
と、彼女は数日前のことを話し始めたのだった。
カナコちゃんは私と彼女の共通のママ友だった。
そのカナコちゃんと、彼女が数日前に遊んでいた時のこと。
カナコちゃんの子どもが、砂場で遊んでいて、そのまま砂を食べ始めた。しかも少量ではなく、ばくっと食べていた。
「えっ、砂、食べちゃってるよ!? 大丈夫?」
と慌てる彼女に、カナコちゃんは
「砂なら死ぬことはないから、平気だよー。少し食べてれば、美味しくないって気がつくと思うし」
とのんびりと答え、砂を食べてる子どもを咎めることなくそのまま好きにさせていたのだった。
「うちのお母さんがね、そういう人だったんだ。なんでもやってみて学びなさい、って。余程危ないこととか、命に関わること以外は止めなかったんだ。
だから私も、子どもには興味があるままにやらせてあげたいなって思って」
と、カナコちゃんは笑った。
「……そんなことがあって、カナコちゃんてすごいなって。食べ物じゃないよ、って親が先回りして止めるのは簡単だけど、やりたいだけやらせてあげて見守る方がうんと難しいなって。
それで、他のみんなはどうしてるのかなって思ってね、聞いてみたんだ」
私はぐっと言葉が詰まる思いだった。
私も、かつてはそう思っていた。実際に、自分の子どもが産まれるまでは。
好きなようにやらせてあげて、本当に危ないことだけ注意する。その他はそっと見守って、やりたいようにやらせてあげる。そんな、のびのびとした子育てをしたいな、なんて思っていた。そしてそれが、自分にはできると思っていた。
けれど、現実は違った。
毎日分単位で時間に追われ、少しでも一休み、なんてしようものなら遅刻する。遅刻した場合のペナルティーは会社も保育園もすごく単純で、お金の負担となってのしかかってくる。
そんな中、あれがやりたいこれがやりたいと言われることに付き合う事もできず、「ちょっとごめんね」「時間がないからまた、今度お休みの日ね」と先延ばしにしてしまう。
そうして、休みの日には普段できない掃除や買い出しで、なかなか子どもたちと向き合う時間が取れなかった。「今やりたい」とぐずる子どもに対し、こっちは忙しいのに、とイライラして怒ってしまうこともある。
「それでいいの?」
そのカナコちゃんの話は、私にそう問いかけているようだった。
「それで、あなたは後悔しないの?」
いろんな気持ちが私の中で渦巻いた。私だって仕事が別にしたい訳じゃない、辞めたくても辞められない、子どもとだって遊びたくても親が近くにいて手助けしてくれるわけじゃない……。
ぐるぐるした思いのまま、私は友人と別れた。またねー、と言った私の顔には、笑顔が浮かんでいただろうか。そんなことを考えながら、帰路に着いた。
「おかーさーん」
家に着くと、さっそく娘が私を呼ぶ声がする。今度はなんだろう、と思うと、人形の服が脱げない、ということだった。ハイハイ、と洗い物の手を止めて、メルちゃんの絡まった髪をほぐし、背中のマジックテープを剥がす。
「ありがとう」
そう言って、娘はメルちゃんにまた服を着せ始めた。
後悔は、するかもしれない。きっと、何を選んでも、選ばなかった方を少しだけ夢見ては「あの時ああすれば……」と考えるときはあるだろう。
けれど、自分で選んだ道なのだから、精一杯やりたいようにやろう。
仕事をしていると、確かに遊べる時間は短くなる。けれど、その短い時間でも子どもと思いっきり遊べたら。のびのびと触れ合えたら。
そう、わたしが思っている「のびのびとした育児」は、決して短時間だからできない、というものではないはずだ。
できないことは確かにあるかもしれない。けれど、全くできないわけじゃないはずだ。
カナコちゃんにはなれなくても、私の思い描く育児に近づける方法は、きっとある。まだわからず、手探りだけど、私は私なりに探していけばいいのだ。
「おかーさん、メルちゃん寝てるから、わたしが抱っこしてるの」
メルちゃんが紐でぐるぐる巻きになり、逆さ吊りのようになっているのを見て、思わず「違うよ」と言いたくなるのを、ぐっとこらえる。娘なりに考え、頑張った結果なのだから、止めずに受け止めようと。
いつかは、私も子どもが砂を食べていても「丈夫になるね」と、笑えるだろうか。まだまだ、やめなさい! と言ってしまいそうな私は、山ほどの修行が必要そうだけれど。
道のりの遠さにため息が出そうになるのをぐっと堪えて、娘を褒めて抱きしめると、太陽の匂いがした。
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「書かないと、書く力は落ちます」
そう言われたので、なんとはなしに書こうと思います。もったいないので。
基本、月曜または火曜には最低週1で更新です。
(寄稿してたときには週2書いてたはずなのに…人が読んでる! という緊張感ってすごいですね)
よろしくお願いいたします。